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Chapter-37 遺伝子は染色体の中に配列されて、両親から子孫へ、細胞から細胞へと情報を伝える因子です。遺伝子の本体は DNAで、アデニン・グアニン・シトシン・チミンの 4 種の塩基とよばれる部品を含み,その並び方が特定の遺伝情報を保持しています。これらが記録している遺伝情報というのは約27000個のタンパク質の設計図です。ただし、これら27000個の設計図は全DNAのわずか1.1%の領域(これをエクソンと言います)に記録されているに過ぎませんでした。その他はタンパク質の設計図の途中に紛れ込んでいて最終的には捨てられてしまうDNA(イントロン)が24%、遺伝子と遺伝子の間をつなぐ連結器のようなDNAが遺伝子の75%を占めていました。つまり、DNAのほとんどの部分は機能していない構造だったわけです。 さて、最近、それらの機能していないDNAの中に非常に重要なDNAの断片があるのではないかと考えられるようになってきました。今回の論文はそのこれまで機能していないと考えられていたDNAの重要性に関するものです。この論文の書き出しを紹介しましょう。 DNAの中のこれまで機能していないと考えられていた領域に481個の特殊な領域があることがわかりました。その領域はヒトとラットとマウスのDNAにおいては100%完全に構造が一致しており、ニワトリとは95%、イヌと比較すると99%一致していました。さらに、魚類とも非常に良く類似していました。これらのDNAの断片のことを「ultraconserved elements・超保存エレメント」と呼ぶことにします。これら超保存エレメントの機能や進化の過程における由来は明らかになっていません。 ということで、このDNA断片は遺伝子の大部分を占めているにもかかわらず、タンパク質の設計図として使用されていない(タンパク質がコードされていない)、つまり、何の役にも立っていないように見えると言うことで、これまでは「ジャンクDNA 」と呼ばれ、進化の過程でいらなくなったDNAのゴミであるなどと言われ、研究対象としてはあまり考えられていませんでした。 このDNA断片がなぜ「超保存」と呼ばれるかというと、先ほどの論文の冒頭にもありましたとおり、ヒト、マウスとラットにおいて全く同一の遺伝子配列を持つ領域が481個も存在していたからです。魚類とも似ていると申しましたが、魚類とヒトが共通の祖先から分かれたのは4億年前と言われていますので、4億年もそれぞれ異なる進化の過程を経験したにもかかわらず構造が同じであると言うことは、この領域が魚類とヒトの子孫にとって極めて重要だったことが示唆されます。 遺伝子の中の本当に重要でない領域に変異が生じても、それは生き物に対して何の影響も与えませんので、変異したまま子孫に引き継がれます。また、遺伝子の中の重要な部分に変異が生じると多くの場合、子孫を残すに当たって不利に作用しますのでそれらの種は死んでしまう可能性が高く、結果として重要な部分が変異した遺伝子は存在しないと言い換えることができます。つまり、多くの種で変化が無く、しかも4億年もにわたって存在し続けていると言うことはその領域が重要な機能を担っていることを示唆しているというわけです。 これまでの研究では「超保存エレメントによって必須遺伝子の発現が調節されている」というのが最も有力な説です。また、魚類からヒトに至る様々な動物が受精卵からそれぞれの生体に成長していく過程がほとんど同一であることから受精卵の成長を調節することも役割のひとつかもしれません。事実、既に特定されている超保存エレメントの1つは、脳と四肢の成長に関与する遺伝子を制御することが知られています。 この謎のDNA断片の機能を解明することは非常に困難であると思われます。解明の方法として考えられるのは、481個の領域の中の一つだけを遺伝子改変で破壊したマウスを作成し、そのマウスの成長や行動に生じる影響を調べるという実験ですが、この方法ですと、481個の領域を調べるには481種類の特殊なマウスを作成しなければなりません。 けれども、どういった種類のDNA断片が魚からほ乳類に至る広い範囲で4億年もにわたって構造が保存されたのか。そして、DNAは様々な要因で変化するものであるにもかかわらず、481個もの部位が保存され続けたその保存メカニズムはどのようになっているのかといった疑問は生き物の進化や多様性を考えるに当たって非常に興味深いことですので、今後は多くの研究者によってこれまでゴミとして無視されていたDNAの研究が進むことと思われます。 参考資料 |