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Chapter-38 量子力学的な現象を利用した「量子コンピュータ」が実現すれば現在のスーパーコンピュータで数千年かかる問題を数十秒で解くことができると言われています。量子コンピュータが考え出されたのは1985年のことですが実現に至る障壁があまりに多すぎて長い間夢のコンピュータと考えられ実現を疑問視する技術者も多かったと言います。しかし、日本の研究者らが2003年に後ほど紹介する固体素子を用いた量子コンピュータの基本回路を世界で初めて実現し、大きな展開がありました。結論としては、あと2から3年すれば量子コンピュータを実現することがどれくらい難しいか、どのような問題を解決しなければならないかを理解することが出来、量子コンピュータをいつ頃実用化できそうかめどが立つのだそうです。 現時点で世界最速のコンピューターは日本の「地球シミュレーター」で1秒間に40兆回の計算を行うことができます。ところが、「地球シミュレーター」も素因数分解は非常に苦手です。それは、素因数分解は素因数分解される数の桁が1桁増えるごとに計算量が指数関数的に増加してしまうからです。たとえば、数百桁の数を素因数分解しようとすればその演算には数千年以上を要することになり、事実上高度な素因数分解はできないと言うことが出来ます。 この素因数分解に代表される高度な演算を一瞬で処理できる夢のコンピュータが量子コンピュータです。量子コンピュータが提示されたのは1985年のことでしたが、アルゴリズムや回路の製作方法に良いアイディアが無く夢のコンピュータのまま10年が経過しました。ところが1994年にAT&Tベル研究所の研究チームが量子コンピュータに素因数分解をさせるアルゴリズムを発見したことから、それを実行するハードウエアの研究熱が一気に高まりました。量子コンピュータは例えば膨大な可能性の中から最適解を選び出すような問題に向いていると考えられますので、もし実現できれば地球環境の論理的解釈やシミュレーション、あるいは宇宙開発などの領域で大きな力を発揮することになると思われます。 現在のコンピュータは二進法を用いています。つまり、一つのビットに「0」と「1」のいずれかを割り当て、このビットとAND、OR、NOTなどの理論演算回路を組み合わせることによって演算を行います。 量子コンピュータではこのビットが量子力学的な波の性質を利用した量子ビットとなっています。量子力学の世界では一つのビットの中で「0」の状態と「1」の状態を重ね合わせることができます。これを「量子重ね合わせ」と言います。さらに「量子絡み合い」という現象によって2つの量子ビットを絡み合わせ「00」「01」「10」「11」という4つの状態を同時に表現することができます。このように、多くの状態が同時にビット上に存在できると言うことが情報の処理量を増加させ、超高速演算を可能にしています。これらの波で表された複数のビットを干渉させると、ある波はより大きくなり、ある波は別の波と打ち消しあって消えてしまいます。これは私たちが普通に目にする水の挙動と同じです。このような干渉によって不要な波を打ち消して求める答えの波を高くするのが量子コンピューターにおける理論演算のイメージです。 しかし、この理論を用いて回路を作ることはこれまで不可能であると思われていました。というのも、量子力学は非常にミクロな世界での現象だからです。たとえば、私たちが暮らす部屋の中に電子を1個放ったとします。この電子の居場所は量子力学的には揺らいでいるのですが、電子に比べて部屋の大きさがあまりに大きいため、つまり、マクロ的視点からは電子の飛行したルートを特定できると言っても支障ありません。ところが、部屋の大きさを原子レベルまで小さくすると、相対的に電子の存在しうる空間が広くなり、原子レベルの大きさを持つ部屋の中いっぱいに電子が存在するように見えてしまいます。このような世界を私たちが扱うことは非常に困難であることが回路作成に懐疑的な印象を持たせてしまっていました。 しかし、ジョセフソン素子という構造体を用いると私たちが扱うことのできるマクロな大きさ、たとえばマイクロメートルといった大きさで量子力学的な波の性質が現れることが知られています。ジョセフソン素子は二つの超伝導体を絶縁膜や金属膜で結合した構造をしている人工原子です。超伝導体は通常物質の中をバラバラに動き回っている電子がある温度以下になると全体が一つの波ような状態になるものです。これが超伝導体が電気抵抗がゼロである理由でもあるのですが、この波の状態を持つ電子から構成されている二つの超伝導体の波を重ねあわせることによって冒頭で述べたような量子力学的現象を観測することができます。つまり、これが量子ビットとして成立していると言うことになります。この超伝導体を用いた量子重ね合わせは1999年に日本の研究チームが成功させていました。 原子の大きさのレベルで回路を作ることは非常に困難です。それは、原子はすでに構造が決まっていて私たちの都合でかたちを変えることが難しいからです。しかし、超伝導体の配置は私たちが自由に操作することが可能ですので、すなわち回路を作ることも可能になります。2003年にはやはり日本人研究チームが理論演算回路を作ることに成功しました。量子コンピューターは量子ビットと演算回路の組み合わせですので、この時点で量子コンピューターを作る基本的なパーツを作成する技術が完成したといえます。 ただし、本当に困難なのはこれからです。量子ビットが1個だけでは計算はできませんので、量子ビットを集積化する必要があります。現在求める性能を発揮させるためには量子ビットを数百個集積する必要があるといわれており、量子ビットを集積した状態では量子絡み合いを計算が完了するまでの時間保持しておくことが難しいことがわかっているなど、解決すべき問題は未だ山積しています。 しかし、現時点でこれから解決しなければならない問題がどの程度難しいのかと言うことがわかり始めてきましたので、あと2〜3年もすればその問題というのがどういう物なのか、解決策を発見するまでどれくらいの期間がかかりそうかと言うことが明らかになり、いつ頃量子コンピュータが実現できるか、あるいは量子コンピュータはそもそも不可能な物なのかといったことがはっきりしてくるといわれています。 参考資料 |