2010年1月30日
Chapter 275 マイクロキメリズム
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私たちの体には臓器移植を行った経験があるなどの特殊な場合を除いては他人の細胞は混じっていないはずです。ところが、最近の研究で、ほとんどの人の体内に母親や子供の細胞が入り込んでいることがわかっています。どうやら、人間は子宮にいるときに、母親から流れ込んできた細胞を受け取ったり、逆に母親の側も、胎児からこぼれ落ちた細胞の一部を体内に取り込んだりしているらしいのです。このように体内に他の人の細胞が混じって存在している現象を「マイクロキメリズム」と呼びます。住み着いた細胞は、住み着かれた人に対して健康状態上良い影響と悪い影響の両方を与えます。
悪い影響の代表は、病原菌などを攻撃するために備わる免疫系が誤って私たちの体を攻撃してしまう自己免疫疾患の原因となることです。たとえば、新生児ループス症候群と呼ばれる疾患があります。この病気は、母親の細胞が発育中の胎児に移動し、胎児の体内で不審な侵入者と認識されることによって起きる胎児の免疫反応が胎児自身にダメージを与えてしまう疾患です。心不全で死亡した新生児ループス症候群の男の子の心臓組織を調べたある研究では、母親から移動してきたと思われる細胞が心臓の一部となって存在していることがわかりました。つまり、母と子の二人の細胞によって1個の心臓が作られていたのです。そのため、母親由来の心臓細胞が免疫系による攻撃を受け心臓の機能が失われて死に至ったと考えられました。
一方で、マイクロキメリズムが健康に役立っている例も報告されています。たとえば、胎児の臓器に細胞の異常が発生し、何らかの疾患が発症している場合、まるで、母親の細胞がそれを治療しようとしているかのように、低下した臓器の機能を代替している例なども見つかっています。実例としては、膵臓のインスリン生産細胞であるβ細胞が破壊される自己免疫疾患で、母親の細胞が胎児の膵臓でインスリン産生細胞となって機能を代替している例が確認されています。
親子関係だけでなく、子宮内の双子における細胞のやりとりもすでに確認されています。双子として受精したものの、いつの間にか片方がいなくなる「消えた双子現象」において、消えた胎児の細胞が生き残った胎児の体内で生き続けているマイクロキメリズムが起きている可能性も指摘されています。
参考:日経サイエンス2008年5月号
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