2010年5月8日
Chapter 289 スプリング8
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兵庫県にSPring-8という施設があります。この施設は大型放射光施設と称されますが、電子を光の速度近くまで加速することのできる加速器を使って、分析や実験などの研究を行うための施設です。
Spring-8では放射光という特殊な光を使って実験をします。
放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、その進路を磁石によって曲げたときに発生する、細く絞られた強力な赤外線、可視光線、紫外線、X線のことです。放射光の特徴は極めて明るいこと、細く絞られ拡がりにくいこと、X線から赤外線までの広い波長領域を含むこと、短いパルス光の繰り返しであることなどが挙げられます。
SPring-8を使って行う研究は、非常に小さなもの、非常に量の少ないものの分析と一言でまとめることができますが、たとえば・・・ハイテク産業や航空宇宙分野で使われる画期的な新素材において、原子や電子レベルでの構造がどのようになっているか、あるいは、これまで存在していなかったスゴイ材料の開発など。生命科学領域ではタンパク質など生命分子の通常の顕微鏡では見ることのできないレベルでの構造を解析して生命のメカニズムの研究をしたり、医薬品の開発をしたりなど。環境科学領域では、自然界や動物体内などに存在するごく微量の環境汚染物質の特定など、です。
犯罪捜査
犯罪捜査における、証拠品の分析にSPring-8が有効であることを広く世間に示した例が和歌山の毒物カレー事件の砒素分析でした。この時はカレーにX線を照射し、跳ね返ってきたX線のエネルギーや波長を測定することによって、物質に含まれるごく微量に含まれる成分を調べることができます。
考古学
東アジアを代表する金属工芸品のひとつに青銅鏡があります。中でも三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)と呼ばれる青銅鏡は邪馬台国の女王卑弥呼が中国魏の皇帝より授かった鏡といわれ、製作地については様々な説が提唱されています。そこで、SPring-8で蛍光X線による成分分析を行うことによって、製作年代および製作地を推定する実験が行われ三角縁神獣鏡の原材料には複数の系統が存在することが推測できました。
太陽系の謎
彗星のダストは太陽系形成初期の名残であると考えられていますので、これを分析することによって太陽系誕生の仕組みを解明するヒントが得られるはずです。探査機「スターダスト」によって持ち帰られたヴィルト第2彗星のダストをSPring-8でX線回折分析した結果、ヴィルト第2彗星のダストは太陽に近いところで過去のある時期1500℃という高温にさらされたことがわかりました。このことは、太陽系初期の円盤の中で、彗星の材料となる物質の大移動が起こった可能性を示唆しています。
天使の輪
天使の輪はツヤのある髪の象徴ですが加齢にともない、ハッキリしなくなることが一般的です。一方、髪のうねりの原因は髪の毛の内部にあるコルテックスという細胞の構造に関係しています。SPring-8でマイクロビームX線小角散乱法という手法で調べたところ、加齢にともなってコルテックスがうねりの出やすい状態に変化することがわかりました。このことは、うねりを改善すれば、ツヤを取り戻すことができることを示しています。SPring-8での実験結果は花王の「セグレタ」という製品開発に生かされました。
ちょきりこきりヴォイニッチ
今日使える科学の小ネタ
▼ハッブル宇宙望遠鏡、打ち上げから20周年
2010年4月24日にNASAのハッブル宇宙望遠鏡(HST)が打ち上げから20年目を迎えました。
この20年間、主鏡の不具合や搭載機器の故障に見舞われたり、予定していた修理ミッションが延期されたりしたこともありましたが、HSTに関わる研究者やエンジニアの努力、2009年5月に実施された最後の修理ミッションで、打ち上げ当初に比べて能力は100倍に向上し、20年たった今も最新技術を搭載した宇宙望遠鏡として稼働しています。HSTがこれまでに観測した天体の数は3万個以上、撮影してきた画像の数は50万枚を超えています。
なお、6.5メートルの反射鏡を持つ後継のジェームズ・ウエブ宇宙望遠鏡の打ち上げは遅れていて、2014年打ち上げ予定です。
▼スウィフト、500個目のガンマ線バーストを検出
2004年11月に打ち上げられたNASAのガンマ線観測衛星「スウィフト」が、4月13日に500個目のガンマ線バーストの検出を達成しました。ガンマ線バースト(GRB)とは、宇宙のある1点から突然、強力なガンマ線がひじょうに短い時間だけ飛来してくる現象で、星同士の衝突や巨大な星の最後の爆発など、宇宙空間で起きたものすごい現象で放出されます。これまでにとらえた500個の中には、131億光年のかなたで起きたものや、ブラックホール同士の衝突で発生したと思われる貴重な観測結果も含まれています。
ガンマ線バーストは非常に短い時間だけ観測される現象で、広い宇宙のどこで発生するか全く予想できませんので、スウィフトは非常に広い範囲を常に観測し続け、ガンマ線バーストを自動的に発見し、自動的に観測する能力を持っています。
ガンマ線バーストが地球の近くで起きると、地球がガンマ線を10秒浴びただけで、地球のオゾン層の半分が破壊され、紫外線が直接地表に届くことによって地表は滅菌され、地球の生態系が破壊されることが推定されています。ガンマ線バースト自体は実は宇宙では結構頻繁に起こる現象だという説もあり、地球に生命が誕生して35億年たっていますので確率的には1度くらいガンマ線バーストを地球上の生物は経験している可能性があります。
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