2010年2月20日
Chapter 278 ツタンカーメンの死因

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 エジプトの政府系研究機関がツタンカーメン王のミイラの断層撮影や、採取した組織の遺伝子解析などを行い、ツタンカーメンの死因や血縁関係を明らかになりました。

ツタンカーメンは、紀元前1342年頃に生まれ、紀元前1324年頃に死んだ古代エジプト第18王朝のファラオつまり、王様です。父親は今回の研究でアメンホテプであることが確定されましたが、これまではアメンホテプの子供ともイクナートン、つまり、ツタンカーメンの奥さんの父、言い換えると義理の父親の子供とも言われていました。

 ツタンカーメンの墓はナイル川中流の王家の谷にあり、1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターにより発見されました。このとき、墓はほとんど盗掘されていない状態で、黄金のマスクは非常に有名です。また、ツタンカーメンの墓には出産直後か死産かと見られる二体の子供のミイラも一緒に葬られており、以前からこれはツタンカーメンの子供だと考えられていましたが、こちらについても今回の研究で、出産前に死んだツタンカーメンの子供であったことが遺伝子から確定されました。

 2005年に行われたCTスキャンを用いたミイラの調査が行われています。このときの報告では、死亡推定年齢は19歳、身長は165cmで体格は非常に華奢、足の骨が変形する内反足だったため、杖をつかなければ歩けなかったのではないかとされています。ツタンカーメンは死亡の数日前に骨が皮膚から突き出すほどの大腿骨骨折をしたことが調査で判明しましたが、これが不慮の事故によるものか、誰かの意図的なものかについてはまだわかっていません。CTスキャンのデータと現代の骨折事故における骨の折れ方との相関から戦車から転落した可能性が高いとされています。

今回の調査ではツタンカーメン王の他に、その一族と見られる16体のミイラのDNA鑑定、CTスキャンなどによる分析が行われました。

 DNA鑑定による血縁関係判定の結果、これまで KV35EL と呼ばれていたミイラがアメンホテップの母、つまり、ツタンカーメン王の祖母。そして、KV55 と呼ばれていたミイラがアメンホテップ、つまりツタンカーメン王の父であることが確定されました。

 古代エジプト絵画ではツタンカーメン王は女性的な体つきで描かれているため、女性化乳房や細長い手足など、体の外見が女性的になるマルファン症候群という病気だったのではないかという説もありましたが、これはその病気の証拠はなかったということです。一方で、足の骨に炎症が起きる病気であるケーラー病に一族がかかっていたことがわかりました。さらに、一族のミイラから熱帯熱マラリア原虫遺伝子が発見されたため、ツタンカーメン王の死因はマラリアに侵され体力の低下を来し、もともとケーラー病による足の骨の壊死があったため、歩くことが不自由で何らかの原因で転倒骨折し、マラリア感染の合併症で死んだのではないかとしています。

ちょきりこきりヴォイニッチ
今日使える科学の小ネタ

▼炭酸飲料を多く飲むと膵癌リスクが高まる

 米ミネソタ大学とシンガポール国立大学が共同でアジア人を対象として実施した研究によって、炭酸飲料を多く飲む人は膵癌の発症リスクが増大する可能性のあることがわかりました。中高年以上の中国系シンガポール人6万人を対象に、果汁および炭酸飲料の平均摂取量を算出するとともに、14年間の追跡調査で膵癌の発症数を調べました。

 その結果、週に2回以上炭酸飲料を飲む人は、全く飲まない人に比べ膵癌の発症リスクが87%高いことが判明し、一方で、果汁の摂取と癌リスクとの間には関連はみられませんでした。研究グループは、炭酸飲料による血糖値の上昇とそれによるインスリンの増大が、膵臓細胞の異常な分裂を促進するのではないかと推測しています。また、これまでの研究で砂糖入り炭酸飲料の摂取は体重増加、肥満および糖尿病とも関連があることも示唆されており、いずれも膵癌のリスク増大の原因となるものです。

▼たばこの煙の残留物による"三次喫煙"が新たな問題に

 室内でたばこを吸うと壁や床および室内においてあるすべてのものにたばこの煙の残留物が付着します。これらを吸い込んでしまうことを三次喫煙といいます。新たな研究でこれらの残留物が空気中の物質と反応することにより、発癌物質が形成される可能性のあることが示されました。

 米国癌協会によると、三次喫煙は比較的新しい研究分野であり、その曝露と癌リスクにどのような関連があるのかは不明です。けれど、非喫煙者、特に乳幼児が汚染された壁面やほこりに接触して、たばこの残留物を吸入すれば、健康にリスクが生じる可能性もあると指摘しています。

▼アデノシン三リン酸が赤血球の形を維持している

 赤血球は平らな卵形、あるいは、円盤形をしています。普通なら細胞はミートボールのような球や、カニクリームコロッケのような細長い形になるはずですが、赤血球はそれらとは明らかに違います。赤血球がこのような不自然な形を維持できるのは、赤血球が常に振動しているためであることがわかっていて、この振動は細胞の形の維持だけではなく、組織に酸素を供給するために変形しながら血管内を移動するうえでも重要な役割を果たしています。

 赤血球がかりっと揚がったジャガイモの端っこでできたフライドポテトのような形に変形してしまう鎌状赤血球貧血や、イクラのように丸く変形してしまう球状赤血球症といった、赤血球が変形して酸素を運搬できなくなる血液疾患では赤血球の振動が妨げられていることがわかっています。

 マサチューセッツ工科大学の研究者らによると、ATPと良く略されるアデノシン三リン酸が振動に不可欠で、赤血球の形の決定にもATPが関与していることが明らかになりました。ATPが制御しているのは細胞膜と細胞内部構造を結合するスペクトリンというタンパク質で、細胞の構造を維持するうえで重要な役割を果たしてます。回折位相差顕微鏡という装置で赤血球を観察したところ、赤血球内のATPが枯渇すると振動が20%減少し、そこにATPを与えると振動が正常になることがわかりました。また、振動が変化するとスペクトリンによって形成される細胞の形が変化しそれが赤血球のへこんだ形と相関することもわかりました。赤血球のATPを測定することによって血液疾患を診断したり治療したりすることができるようになりそうです。


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Chapter 276 1年中咲き続けるサクラの開発に成功 
Chapter 275 マイクロキメリズム 
Chapter 274 生命科学に関する最新の話題を盛り合わせ
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Chapter 272 最近発見された生物  
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Chapter-240 獲得形質の遺伝に似た現象
Chapter-239 マルチバースと人間原理


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科学コミュニケーター 中西貴之(メール
アシスタント BJ

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ナビゲーター 中西貴之 obio@c-radio.net
 1965年生まれ
 島生まれの島育ち
 応用微生物学専攻
 現在化学メーカーの研究所勤務
 所属学会 日本質量分析学会 他
 日本科学技術ジャーナリスト会議会員

ナビゲーター BJ
 インターネット放送局くりらじ局長

 


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