2010年12月4日
Chapter-317 原子間力顕微鏡で分子にふれる
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有機化合物を構成する原子の配置や原子と原子がつながっているようすを、原子間力顕微鏡という装置を使うことによって画像化することにスイス・チューリッヒのIBM研究所の研究者らが成功しました。原子間力顕微鏡は分子にふれるようにしてその構造を画像化する仕組みになっています。今回の研究では、測定したい分子を塩の結晶の上に配置し、非常に細い針のようなセンサーでなぞることによって分子の構造を調べました。
従来からX線結晶構造解析や核磁気共鳴スペクトルと行った方法で分子の構造の解析は行われていましたが、それらは、分子が外部から作用を受けたとき、それにどのように反応するのかを観測する間接的な方法でした。一方で原子間力顕微鏡はセンサーで分子にふれる直接的な方法ということができ、分子構造決定用の新たなツールとなる可能性を秘めています。
原子間力顕微鏡によく似た顕微鏡として、走査トンネル顕微鏡(STM)があげられます。走査トンネル顕微鏡は1980年にIBM研究所で発明された観測装置ですが、こちらは観察したい対象のごく近くを移動する金属でできたセンサーとその真下に位置する対象物の間を流れる電流を測定することによって、分子の構造を原子レベルの精度で明らかにできる装置です。
一方、原子間力顕微鏡(AFM)は、センサーと観測対象の間の引力を測定することによって原子レベルの構造を解明します。従来の観測方法で分子を観測しても、原子の配置を明確に認識することは難しく、溶けかけたサーティーワン・トリプルアイスクリームのように原子同士が融合したように見えていました。その結果、分子の構造が見えるとは言っても、1個1個の原子を認識しているのではなく、分子を一つのかたまりとして観測していました。
原子間力顕微鏡が大きく進歩したきっかけは2009年、IBMの研究者らが一酸化炭素分子1個を取り付けたセンサーを開発したことでした。これによって、原子間力顕微鏡の感度は一気に高まり、有機化合物の原子骨格を描き出すことに成功しました。
こうして得られた非常に高感度な原子間力顕微鏡は、未知の有機化合物を観測することによってそれがどのような分子構造を持つかを確認することができるほどの感度と解像度でした。それを使った観測例として今回報告されたのは、深海細菌が作り出すセファランドールAとよばれる分子です。セファランドールAは医薬品への応用が期待される分子ですが、NMRを使った構造解析では4種類の分子構造が推定でき、その中のどれがセファランドールAかを決定することができていませんでした。
一酸化炭素をセンサーに取り付けた原子間力顕微鏡は、原子と原子のつながっている部分や原子のない空間なども画像として描き出し、セファランドールAの構造を明らかにすることに成功しました。ただ、問題点や課題もあり、一酸化炭素と観測対象との間でどのような現象が起きているのか未解明なこと、観測対象を塩の上に固定することによって分子の形状が無理矢理変化させられ、その不自然な状態で観測を行っている可能性があること、結晶構造解析ではデータから原子配列を導き出すことができますが、原子間力顕微鏡ではあらかじめ分子の構造情報がなければ、情報が何も無い状態から分子構造を決定することは困難なことなどがあげられています。
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