2010年9月25日
Chapter 308 宇宙のエネルギー保存則は破れている?
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エネルギー保存の法則を学校で学んだことを覚えておられる方も多いのではないかと思います。エネルギーは運動エネルギーや位置エネルギー、静止エネルギーなど様々な形を取り、それらの間を移り変わりますが、いろいろな出来事の前後ではエネルギーの合計量は変わらないというものです。
星から地球に届く光を観測すると赤方偏移という現象が起きていることがわかります。赤方偏移とは遠くの天体から発せられる光が一般相対性理論に従って膨張する宇宙を伝わるうちにその波長が引き延ばされる現象です。光をエネルギーの視点で考えると波長の短い光はエネルギーが高く、波長の長い光ほどエネルギーが低くなります。とすると、赤方偏移した光が失ったエネルギーはどこへ行ってしまったのかという疑問が生じます。
米国の天文学者エドウィン・パウエル・ハッブルは1920年代にほとんどの銀河からやってくる光が赤方偏移していることを発見しました。通り過ぎてゆくパトカーのサイレンの音の高さが変化する現象はなじみ深いと思いますが、これは、ドップラー効果と呼ばれる現象で、音を出している物体が自分に対して近づくか遠ざかるかによって音波の波長が変化しているのです。同じことが光に対してもおこります。私たちの目では確認することはできませんが、たとえばパトカーのランプが発した光は、パトカーが遠ざかっているときには赤色にずれ、近づいているときには青色にずれます。けれどこれは光がエネルギーを失ったり、獲得したりしているわけではなく、観測者にとって違う色に見えているだけのことです。
一方、星を観測したときに見られる赤方偏移はトップラー効果とは異なる現象だと科学者は考えています。つまり、ある固定された空間の中でパトカーが近づいたり遠ざかったりするのではなく、宇宙的な赤方偏移は膨張する宇宙空間を光が伝わる過程で起きています。従って、不思議なことに宇宙的な赤方偏移は天体と私たちとの間に相対的な運動が無い場合にも起こります。つまり、宇宙的な赤方偏移は光が伝わる空間そのものの膨張が原因で発生しているのです。
このように考えると、膨張する宇宙空間を伝わる光はエネルギーを失っているように見えます。では、銀河のような物質はどうでしょう。膨張する宇宙空間を移動する銀河はエネルギーを失っているように見えるでしょうか。
膨張する宇宙空間に存在する銀河などの物質の運動は大きく2つに分けられます。一つは宇宙空間が膨張するのにあわせて銀河通しが遠ざかるような現象です。科学者はこのような運動を共運動と呼びます。もう一つは宇宙の膨張とは無関係なたとえば、太陽の周りを地球が回るような固有運動です。ただし、固有運動の範囲は宇宙の大きさからすると非常に小さいので、宇宙全体を遠目にザックりと眺めたときには銀河全体として共運動状態にあると考えられます。遙かに離れた銀河の間を移動している宇宙船は、移動の間に目的地の銀河が遠ざかるので、移動に飛鳥名時間は次第に延長され、出発した銀河で見送った人たちにとっては宇宙船の移動速度が遅くなっているように観測されます。
光は波長が長い、つまり赤い光ほどエネルギーが小さく、宇宙船は速度が遅いほどエネルギーは小さくなります。膨張している宇宙空間でのエネルギーの損失については光でも宇宙船でも全く同じように起きているといえます。このことは一見、エネルギー保存則が破れているように思えます。一般性相対論によると巨大な質量の周辺では時空がゆがむことが予測されていて、実際に太陽の周辺でさえ時空がわずかにゆがんでいることが観測で知られています。質量とエネルギーは同じ意味ですので、物質やエネルギーが宇宙の膨張に伴って広がると時空のゆがみ自体もそれに伴って移動するので、宇宙空間の時空は変化していることになります。宇宙の時空が変化するという現象は日々の暮らしの中では小さくて感じることはできませんが、宇宙のスケールでは確実に起きています。このような絶え間なく時空が変化する状況では物理法則にも影響が出てエネルギー保存則が成立する必然性はなくなります。
余談ではありますが、たとえ時空の歪みが変化しなかったとしても、宇宙全体のエネルギーを計算することはできません。なぜなら、エネルギーを計算しようとしている私たち自身が共運動系の中にいるため、宇宙全体を見渡すことができず、自分がいる銀河は運動エネルギーをもっていないように見えます。また、宇宙は膨張しているとは言っても天の川銀河とアンドロメダ銀河は近づいているような重力エネルギーの存在を一般相対理論では宇宙全体に適用できないため、宇宙全体のエネルギーは保存しているとも失われているともいえません。そもそも定義できないのです。
一方、宇宙全体をみるような視点を捨てて個々の粒子一つづつに注目すれば、光子はエネルギーを失いません。通常宇宙論的な赤方偏移は空間が膨張していることが原因でおこるといわれます。けれど、アインシュタインの一般相対論では空間は相対的な概念であり、本当に意味があるのは時空における銀河の動きです。つまり、パトカーがドップラー効果を起こしながら走り続けても車体の重さが重くなったり軽くなったりするとはないのと同じで、銀河の赤方偏移が宇宙膨張の代わりに相対運動の結果として起こると解釈できることを示唆しています。つまり、いかなるエネルギーも失われてはいないのです。
広大な宇宙空間では時空の変化が起き続けていますが、宇宙空間を細かく切り刻んで、非常に小さなエリアだけを見た場合、宇宙は平坦な時空として近似できます。鳥取砂丘の真ん中にたったとき、周辺は起伏を繰り返す地面ですが、自分の足下の1mm四方の地面を見たとき、その1平方ミリメートルの地面は平らと言っても支障がないと言うことです。平坦な時空では重力がなく波の波長が伸びることもなく赤方偏移はドップラー効果の結果としてのみ現れます。このようなわずかなドップラー偏移が重なった結果遠くからの銀河から届いた光は赤方偏移して見えるのです。この場合、銀河からやってきた光の赤方偏移は光子が途中でエネルギーを失ったわけではありません。光子がエネルギーを失っているように見えるのは観測者の視点と相対運動に起因する見せかけです。それでもなお宇宙全体のエネルギーが保存しているかどうかを確かめようとすると、根本的な限界に直面します。なぜなら宇宙の全エネルギーと呼ぶのにふさわしい量を私たちは知らないからです。宇宙でエネルギー保存則が破たんしているわけではなく、宇宙はエネルギー保存則が及ばない領域にあるのです。
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