2010年12月18日
Chapter-319 死を科学的に理解する
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1980年代の研究で、寿命も遺伝子に組み込まれているらしいことが明らかになりました。それは線虫の遺伝子が突然変異すると平均寿命が40%も長くなることが発見されたことによるもので、このことは、遺伝子を操作することによって寿命をコントロールすることを示唆しています。その後、ショウジョウバエやほ乳類であるマウスに至るまで様々な動物で寿命をコントロールする遺伝子が見つかりました。
遺伝子と寿命の関係が明らかになるに先立って、1930年代にはネズミを使った実験でエサの量が寿命と関係しているという現象が確認されていました。実験用のネズミに十分な食物を与えないでおくと寿命が長くなるというこの結果は、エサの量を減らすと細胞の維持や損傷の修復の仕組みが活発に働くようになることを意味していました。この点についてはその後の研究でエサが無くなると生殖行動を行う余裕が無くなり、ある種の動物では生殖能力をオフにして、残りのエネルギーの多くを細胞の維持にあてるらしいことが推定されました。ただし、あくまでもこれはネズミでの観察結果であり、人間が食事の量を減らすことが長生きに通じるのかどうかは不明です。
人間の場合は、線虫やネズミのように単純に遺伝子を組み換えるとか、エサを減らすとかでは寿命を延ばす直接的な対応策にはなり得ないものと考えられ、個々の細胞について、どれくらい損傷すると細胞レベルでの死が訪れるのか、そのような損傷を受けた細胞が全身のどこにどれだけ発生すると個体の老化や死が訪れるのか、それをふまえてここの細胞の寿命を延長するとするならどの細胞にどのような対処を施せばいいのか、そのような膨大な問題を解く必要がありそうです。
人間でもはっきりとわかる細胞の死が遺伝子でプログラムされている例もあります。それがアポトーシスという現象です。大人の場合は傷ついて役に立たなくなった細胞を速やかに除去するためや、損傷した細胞がガンになることを防ぐためにアポトーシスは機能しますが、これは遺伝子によってプログラムされた細胞を殺す作用です。
老人の体ではアポトーシスが大量に発生しているため、研究初期ではアポトーシスが人間の寿命に関わっているのではないかという考え方もありましたが、人間の場合は、寿命を科学技術によって大きく延長したために、結果として細胞がダメージを受ける頻度が高くなり、アポトーシスが頻繁に起こるようになったというのが現在の考え方です。老人におけるアポトーシスは原因ではなくて結果であるとされています。ただ、老人のアポトーシスは過剰に反応していることが推定されていて、この点は、遺伝子が想定していなかった長生きをしてしまったために、アポトーシスが制御不能になっている状態である可能性もあります。
細胞の機能が失われる現象はアポトーシスだけではなく、細胞の分裂停止もあります。細胞は決まった回数だけしか分裂しない仕組みになっています。細胞分裂によってフレッシュな細胞を生み出し、古い細胞を新しい細胞と入れ替えることによって新陳代謝を行いますが、細胞が分裂できなくなるとその細胞はそれから先、歳を取るだけ、つまり損傷を蓄積させるだけの状態となります。細胞分裂の回数を管理しているのが遺伝子の末端構造テロメアです。細胞が分裂するたびにチケットをちぎるようにテロメアが端から少しずつ切り取られ、ある長さまで短くなるとそこで細胞の分裂が停止する仕組みになっています。また、細胞の分裂を停止する仕組みはテロメアだけではないことも最近わかりました。細胞には、DNAやミトコンドリアの損傷具合を監視する仕組みがあることが発見され、それらの損傷がある闘値を超えると、細胞の分裂機能を停止させる指令を出しているらしいのです。ですが、このような1個の細胞の中で起きている現象と一人の人間としての老化の関係はよくわかっていません。
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