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このページはインターネット放送局くりらじが毎週放送している科学情報ネットラジオ番組「ヴォイニッチの科学書」の公式サイトです。放送内容の要旨や補足事項、訂正事項などを掲載しています。 ■翔泳社”ポッドキャスティング入門”でオススメ番組として紹介されました。 [バックナンバー] [この番組の担当は・・・] [今週の関連書籍] |
Chapter-111 プリオンとはタンパク質を意味する protein と感染性を意味する infection を合わせた造語で発見者でノーベル賞受賞学者のプルシナーによって提唱されました。 プリオンタンパク質は様々な動物の体内に存在していますが、もともとの形である正常型と、タンパク質を構成するアミノ酸でできた鎖の折りたたまれ方が変化した異常型があります。異常型プリオンタンパク質は様々な病気の原因であると考えられています。それらは人ではヤコブ病、プリオン病、クールーなど、牛ではBSEと略される牛海綿状脳症、羊ではスクレイピー、その他、シカやサル、猫などでも異常型プリオンタンパクが関係していると思われる病気が見つかっていて、発症する動物種ごとに異なる名前が付いていますが、これらすべてがプリオン病で総称して伝達性スポンジ状脳症といいます。 正常型プリオンタンパク質についてはあらゆる動物のあらゆる臓器に含まれているにもかかわらず、その役目は明らかになっていません。異常型プリオンタンパク質が原因であろうと思われる病気についてもまだまだ謎の部分が多く、正常型プリオンタンパク質の機能を知ることによってこれが異常型となった病気のメカニズムも解明できるかもしれません。 タンパク質はアミノ酸が一列につながったものですが、ある決まった形に折れ曲がってコンパクトにまとまっています。これを立体構造と言いますが、この立体構造はタンパク質の機能を決定する役目を担っていて、アミノ酸の並び方と立体構造の特徴の両方によって、アルコールを分解したり、脳からの情報を伝達したりすることができます。何らかの理由でこの立体構造が異常になると、それは本来の機能を失うだけでなく、場合によっては予期せぬ働きをすることがあります。このことはプリオンタンパク質にも当てはまります。 90年前に発見されたヤコブ病は何の症状も出さずに脳を破壊しいったん発症すると100パーセント死に至る病気ですが、これは正常プリオンの立体構造が異常になっていることが疾患と深く関わっていることがわかっています。また、クールーと呼ばれる疾患も同様に脳や神経が破壊され100パーセント死に至る病気ですが、ニューギニアで1950年代まで行われていた死んだ人を弔うために死者を食べる食人習慣によって広まることが特徴的な病気です。 これらの病気を引き起こす異常型プリオンタンパク質と正常型プリオンタンパク質の違いは立体構造だけです。正常型プリオンタンパク質はαへリックスと呼ばれる螺旋階段のような構造を多く含み、この螺旋階段がスプリングのような効果を生んでぐにゃぐにゃと構造が柔軟で水に溶けやすいことが特徴です。異常型プリオンタンパク質の立体構造はまだ正確にはわかっていませんが、βシートと呼ばれる板のような平らな構造を多く含んでいるのではないかと予想されています。 正常型プリオンタンパク質の機能について、多くの研究がなされており、正常型プリオンタンパク質と関係があると報告されている物質には銅、脳細胞の繊維、アポトーシスに関連する物質、脳内で情報伝達に関わる物質など、多くのものがあります。ただし、これらは試験管内で混ぜ合わせればくっつくという程度の結果で、体の中でどのような物質が正常型プリオンタンパク質と関わっているかはわかっていません。 体の中で正常型プリオンタンパク質がどこにたくさんあるかと言えば、タンパク質を作るときの鋳型であるmRNAの量で見ると脳が最も多く、次いで、精巣、胎盤、心臓、肺などに多く存在していることがわかっていますが、実際には体内のほとんどの臓器で正常型プリオンのmRNAは存在しているようです。 では、そこでどのような機能を担っているのかと言えば、様々な説があって、未だよくわかっていません。ある報告では細胞内のラジカルを補足する Super Oxide Dismutase (SOD)の活性をコントロールしており、なおかつ、プリオンタンパク質自身も抗酸化活性を持っていて神経の保護に関わっているとされました。その理由はSODが機能を発現するためには銅イオンをタンパク質の中に取り込むことが必須だからです。しかし、一方ではプリオンタンパク質を欠損させたマウスにおいてもSODの活性は通常のマウスと変化がないことも報告されていますし、カエルの正常プリオンタンパク質には銅イオンを結合する部分が無いため、正常プリオンタンパク質が銅と結合することはさほど重要なことではないようにも思われます。 さらにマウスを使った実験でプリオンタンパク質の遺伝子を破壊してもマウスの誕生や成長には何ら影響を及ぼさないこともわかっています。ただ、このことは、だから正常プリオンタンパク質は何の役目も持っていないというのではなく、正常プリオンタンパク質の持つ機能が重要であるが故に、バックアップ機能が充実していて何らかの補償機能が働いて異常がないように見えるのであろうと思われています。なお、当然のことながら、プリオンタンパク質遺伝子を破壊したマウスは異常型プリオンタンパク質の元になる正常プリオンタンパク質が無くなるのでプリオン病にかからなくなります。 また、正常プリオンタンパク質の構造からは別の説が出ています。正常プリオンタンパク質は片方の端からGPIアンカーと呼ばれる碇のような構造が伸びています。GPIアンカーの先端は細胞膜の脂分でもあるリン脂質になっていて、正常プリオンタンパク質はこのGPIアンカーのリン脂質部分を細胞膜の中に突っ込んで本体は細胞の外側にぶら下がっているようです。この構造を持つことによって正常プリオンタンパク質は細胞膜表面を滑るようになめらかに移動することができるはずで、この構造はホルモンや神経などの情報伝達に大きく役立つと考えられており、実際、すでに機能のわかっているGPIアンカーを持つ普通のタンパク質は情報伝達や細胞膜の構造の制御を行っています。ただし、正常プリオンタンパク質がその他大勢のGPIアンカー型タンパク質のように情報伝達を行っているという証拠は得られていません。 このように正常プリオンに関する研究はどのような方向からどのような手法で検討を加えるかによって様々な現象を観察することができ、いったいどれが本来の細胞中での機能なのか全くわからない状況にあるのが現状です。 さらに、現在主流であるプリオン説への異論も唱えられ続けています。プリオン説に反対する研究者らは遺伝子を持たないタンパク質が伝染・増殖することをチプリオン説の最大の問題点として指摘していましたが、現象的には異常型プリオンタンパク質の増殖は確かに起きています。現在指摘されている問題点は、純粋で活性のある異常型プリオンタンパク質を健康な実験動物に導入しても病気が発症しない点と、正常型プリオンタンパク質が異常型プリオンタンパク質に変化するという最も重要なプロセスのメカニズムが解明されていない点などです。その問題点をうまく回避できる説としてウイルス説があります。プリオンタンパク質についての理解が深まるにつれてやはりウイルスが原因ではないだろうかという意見も強くなっているようです。ウイルス説については今回は紹介しませんが、興味のある方は講談社ブルーバックスで福岡伸一さん著の「プリオン説はほんとうか?」を読んでみてください。 潜伏期間が10年以上と長く、発症すれば助かる方法はなく、予防する方法さえないプリオン病ですが、現象としては異常型プリオンタンパク質が大きく関わっているのは間違いないものの、メカニズムの解明には至っておらず、それゆえ予防薬や治療薬の開発も難しい状況にあります。また、食肉に含まれるプリオンを食べることによって伝染することがわかっているにもかかわらず、感染動物や処理された肉の管理が十分でないため、ヨーロッパで誕生し、アジアを経由してアメリカまで世界中に広がってしまっていること、また科学的な根拠に従わず政治的に問題が解決されようとしている点など、解決すべき問題は山積みとなっています。 「最新科学おもしろ雑学帖」の関連ページ [エンディング・他局の科学番組放送予定] |